作家と時代背景について:
  常山俊明は1956年(昭和31年)気仙沼市生まれ、現在、気仙沼市在住の作家です。家業である鮮魚関係の仕事をしながら精力的に作品を発表してきたこの作家は、どのような時代背景の中で美術表現に傾倒していったのでしょう。
  1956年当時の日本の日常、記憶に残る出来事としては、メルボルンオリンピックでの日本選手団の活躍。また米ソの冷戦下、アメリカの水爆実験による第五福竜丸の被曝。「少年マガジン」「少年サンデー」などが創刊。皇太子と美知子妃がご成婚。伊勢湾台風で死者、行方不明者5000人以上。気仙沼では新気仙沼魚市場が完成。日本中が「神武景気」と呼ばれる好景気に沸いていました。この頃から砂利道がアスファルトで舗装されはじめ、電化製品の普及に伴って多くの電柱が立ち並び、空には無数の電線が張り巡らされてゆきました。街には大きなデパートができ、屋上に遊具が並び、レストランではハンバーグなどの洋食が子供たちの目を釘付けにしていました。ちょうど日本という国の風景が大きく変わろうとしていた時期なのです。
  この世代の人たちの青春期、1970年代に入ると、若者たちがそれまでの価値観に反抗し、新しい世界観を作ろうという動きが世界中で盛んになります。「現代」という感覚が強くなり、「現代美術」などの表現も多用されるようになります。この作品の作者、常山俊明もその頃から美術表現に興味を抱き表現活動をはじめています。美術によって新しい世界観を表現しようとする若者が溢れていた時代だったのです。
  学生時代を東京で過ごした常山は地元に戻りました。現実的な暮らしの中で自分の中に溜まってしまう様々な思いを、絵を描くことによって表現し、自分自身のバランスをとってきたと作家は語っています。



タイトルについて:
「北方ラビリンス」というタイトルが付けられています。「北方」は私たちが暮らす東北や北海道などもそうですが、基本的に寒い、冬の厳しい、雪の深いイメージを感じさせます。「ラビリンス」は迷宮を意味します。入りこむと出口を見失う建物を迷宮といいますが、もっと大きな捉え方をすると世界そのものを表す言葉でもあります。この作品を見るとサビ色の四角い枠の中に氷のような冷たい色をした一回り小さな四角い世界が埋まっているように見えます。そこには無数の小さなデコボコがあり、良く見ると町のようにも見えます。外側のサビ色の世界には大小様々な円が見えますが、宇宙空間に浮かぶ星のようにも見えます。タイトルから読取れるイメージをもとに作品を見てみると、描かれている形一つ一つに色々な意味があるように思えてきます。


   ミックストメディアについて:
  この作品は絵画作品と分類されていますが、実際画面上のほとんどの形は物が貼りつけられていたり絵の具が盛り上げられていたり、つまり描かれた形ではなくデコボコでできています。そのデコボコには低い位置からスプレーで絵の具が吹きつけられていて、光がなくてもまるで光を浴びているような明暗の表現がされ、デコボコがより効果的に見えるようにしてあります。技法・素材としてミックストメディアという表現がされていますが、メディア(媒体、美術の場合絵画、彫刻といった様式から絵の具、粘土、金属などの素材を媒体と言います)がミックス(混合)された作品を意味します。ちょうどこの作品のように素材も多様で様式も絵画と立体の中間のような作品がそれにあたります。