作家と作品について:
  高山登は1944年、東京都生まれの作家です。主に枕木を使用した立体作品を制作している作家で、日本の1970年代を代表する作家の一人として国内外で高い評価を得ています。枕木の作品では近代化の過程で生じた様々な社会的「ゆがみ」を訴える表現を重ねてきました。
  高山の青春期に当たる1970年代はそれ以前から始まった高度経済成長に伴う公害問題や、エネルギー革命とも呼ばれる石炭から石油への転換期にあたっていました。経済性を最優先し、利益を追求した結果引き起こされた公害問題では、大気汚染、水質汚染、土壌汚染などあらゆる自然破壊が加速度的に進行し、多くの人々がその被害の犠牲になりました。また石炭から石油へのエネルギー転換は、それまで自らの身を削り、多くの炭鉱事故に見舞われながら、命がけで働いてきた炭鉱労働者の職を簡単に奪ってしまいました。
  高山は近代化の裏側で犠牲となっていった多くの人々の存在を忘れてはならないと語っています。現在の私たちの暮らしは、様々な人々の尊い命によって支えられ、築き上げられてきたものなのです。高山は自分が使用する枕木を「人柱」と表現しています。人柱とはかつて大きな建造物を造る際に、その安全を祈願する目的で地中に埋められた生贄を意味します。枕木一本に一人の人間をイメージしながらそれらを組み上げ成立させた建造物
のような高山の作品には、私たちの現在を支えるために身を呈してきた名もない多くの人々に対する畏敬の念が込められているを制作することに関して次のように語っています。
  『枕木だけど、大学は絵画なんですよ。僕は今でも絵かきだと思ってますけど。ぼくにとって平面の仕事は、まず気持ちいい。僕らの目はいろいろな角度で見ることができる。でも平面は正面性だから、フィールドとして正面で向かい合えることが最大の魅力です。立って歩く人は平面と立体と出会うんです。建築物には正面性も平面性もあるでしょ。天に向かっても正面だし、宇宙に向かっても正面だし。だって「私は宇宙に向かって30°で立ってます」なんて言えないでしょ。そういうふうに平面をとらえているわけです。僕はドローイングを作るけど、平面の仕事から立体の仕事を作ることはしません。常に頭の中で意識はあるけど。平面の仕事は立体にはなりませんから。ですからドローイングの見た目のイメージや形と、立体の形が似てるとか似てないとか、そういうことは全く関係ないし、ドローイングの図を立体に置き換えているんでもないんです。』
※リアス・アーク美術館「高山登」展 図録から抜粋

  立体作品を制作するためには、常に現実の空間を相手にしなければならないという大きな制約があります。しかし平面作品は平らな面を相手にしています。平面は2次元で立体は3次元。3つの次元が固定されている立体表現に対し、平面では2つの次元しか固定されていません。つまり空間を決定する次元が1つ自由なまま残されているということです。高山はその残された次元を造形的に操り、自在に空間を創造することに喜びを感じています。
ドローイングについて:
ドローイング(drawing)とは鉛筆などで「線を引くこと」、「絵を描くこと」を意味する言葉です。一般に「絵画」といった場合、物質的な絵そのものを意味しますが、あえてドローイングと表現する場合には、線を引いたり、点を打ったりする「行為」自体を重要視しています。