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作家と作品について: 作間敏宏は1957年宮城県生まれ、現在東京都八王子市在住の作家です。作間の作品はその作品によって様々な素材、様式で表現されますが、変わることなく貫かれているはっきりとしたテーマがあります。 初期の作品では微生物や細胞を思わせるおびただしい数の個体が群れを成し、空間を漂うような様子がインスタレーション作品として表現されていました。一つ一つのオブジェは無機質で個性がなく、それでいて集団化したときに無意識的な意思に基づいた行動をとる生物群像。天井から吊り下げられた光(電球)に群がるその様子は非常に原始的な生命を表現しているようでもあり、一方で私たち人間の根本を示しているようでもありました。 1990年代、作間はそれまでの具体性(微生物的な形態)を捨て、より象徴的な表現をするようになります。それまで生命を誘う存在だった「光」が「生命」の象徴となり、電球を大量に使用した作品が作られてゆきます。現在ではすでに過去のムーブメントに思われる「いやし」という言葉がまだ一般に意識されなかったこの時期、作間は「治癒(ちゆ)」と銘打ったシリーズを展開してゆきます。 通称「便所球」と呼ばれるピンポン玉大の電球を使用し、点灯した電球は生きた人間として、消えている電球は死者を表す。それらの電球が規則的に電線でつなげられ壁一面に展開した作品。上部の電球は消えている。中間から下部に向かって点灯した電球の数が増えてゆく。実はその作品は家系図を表していました。家系図を見ることで私たちは自分自身の何を回復し、いやすことができるでしょう。 作間が私たちに問い続けているメッセージの意味を考えてみましょう。人間は個を認識しており、原生動物とは違います。しかし、自分の存在を特別視するあまり、生命に対する謙虚さを失いがちです。自分を主張することで他人と争い、他人を傷つけ、そのために自分自身も傷つく。今の自分が誰かに生かされ、そして誰かを生かしている存在、大きな流れの中を漂う小さな灯火なのだという感覚を持って、の中を漂う小さな灯火なのだという感覚を持って、謙虚 |
さを感じられたなら、心は浄化され、いやされるのかもしれません。 ここに紹介している作品は、リアス・アーク美術館での個展のために制作された作品のマケット(模型)です。実際の作品は縦20m、横7mあり、床には布団が30組敷かれ、その布団の上にちょうど人間の形のように電球が置かれました。人間は布団の上で生まれ、布団の上で死んでゆきます。 この世に自分が生まれたときのはかなさと、死にゆくときのはかなさ、その間にある個々の人生の輝き。作間の作品からはそのような命の尊さが伝わってきます。 |
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インスタレーションについて: インスタレーション(Installation)とは「設置」などの意味を持つ言葉です。通常美術作品は彫刻や絵画のように一つの物として作品があり、その作品はどこにでも移動、展示することが可能です。例えば公園にあった彫刻を美術館に展示することもできます。 一般に美術作品は作品そのもので意味が完成しており、展示場所によってその意味が変化することはないと考えられています。しかし作品の意味が変化しなくても、作品を置かれた場所の意味は確実に変化するものです。殺風景な部屋に絵を一枚飾っただけで部屋の雰囲気はがらりと変わります。 インスタレーションとは、ある空間に何らかの操作をすることで、空間の意味を操作し、体全体で感じることのできる場の空気感を作り出し、場そのものを作品とする手法を意味します。この場合作品は操作をした場所そのものということになりますから、作品を別な場所に移動することはできません。その作品が美術館の展示室で展覧会用に制作されたものだとすれば、会期が修了した段階で作品は壊されてしまいます。つまりインスタレーション作品は意味の上では形のない一過性の作品で、絵画のように物として残すことができません。そのため、写真などの媒体(メディア)によって記録されています。 |