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![]() 作家と作品について: 相澤一夫は1941年生まれの作家です。現在気仙沼市で暮らす相澤ですが、生まれ育ったのは宮城県石巻市の農家であったそうです。幼い頃から絵が好きで、また上手だったことから、看板職人という職業を選択しました。特に映画看板などを数多く描き、仕事を通して絵画的な技術を身につけました。しかし、30歳を前に、自分自身が表現したい、描きたいものを「作品」として制作したいという欲求から看板業を辞めます。そんな折り、知人の紹介があって気仙沼に移り住むことになったのです。どちらかというと内陸的な環境で土にふれながら幼少期を過ごした相澤でしたが、実を言うと農業が嫌いで、その環境から抜け出したいという感覚を早くから持っていたのです。 相澤の作品は複雑です。画面上には漁網や巨大な釣り針、ヤス、砂など様々な物が直接貼り付けられ、平面的ですが平面ではない画面を造っています。おそらくこのような相澤の作品を目にした人のほとんどが、海の町気仙沼で暮らす「漁民相澤」が「海の風景」を独創的な手法で表現しているのだろう、と解釈しそうです。しかし作家の表現はそういっ |
た単純な発想では終わっていません。全ての素材はメタファー(隠喩)であり、そのメタファーが語る言葉は相澤一夫という一人の人間の価値観を非常にシンプルに伝えています。 ほとんどの相澤の作品に共通することは、「黒い」ということ。また多くの作品に付された「X」という文字。画面中にも、えぐるような筆致で描き込まれています。さらに「漂流」という言葉…。黒いということに関して相澤は、「色彩のうつろいやすい不確かさが苦手で、それに対し、黒は確かでまた力強く、独立し、強い生命力を感じさせる色」と解釈しています。また「X」という文字に関しては、数学的意味における未知数、転じて無限性、可能性を象徴する記号と考えています。「漂流」という言葉は、文字通り漂うことであり、肯定的に使うのであれば「探し続けることや求め続けること」。人間のあり方として相澤が追求している言葉です。これら作品に込められた意味をつなげてゆくと、作家の人間的価値観が浮かび上がってきます。 土に根ざした生き方を肯定できなかった相澤は、独立し、自分の足で立つ場所を求めました。その行為は漂流という美意識に裏付けられていたのです。「黒」のように強く生きること。そして無限の可能性を持ち続けること。しかしそんな生き方を邪魔するものもあります。網を張られたように行く手を阻まれ、からめ取られる。そのような障害は打破しなければなりません。多くの作品に現れる引きちぎられたような漁網にはそんな意味があります。一方、画面中を横切るロープやワイヤーには「自律」の意味があります。 自由を求め、「漂流」「X」という言葉を美意識として追究する相澤はその傍らで、社会性を失わず生きることも同時に求めているのです。 |