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「形而下keijikaと形而上keijijyo」 「具象・抽象」と似た言葉で「形而下・形而上」という言葉があります。ケイジカ・ケイジジョウと読みます。形而下とは「かたちのあるもの」という意味で、形而上とは「かたちを知覚できないもの・かたちをこえたもの・無形」という意味です。美術表現の中にはこの形而上的な事柄をなんとか目に見える形で表現しようとする歴史、試みが数多く存在します。 私たちは普段、目にするものを自分が知っている形に当てはめ、確認することでものを認識しています。そうすることで安心して暮らすことができているのです。しかし生きていれば自分の知らない形や、そもそも形を持たないものが突然、漠然と目の前に現れることもあるのです。例えば「自分の死」ということを具体的に経験することはできても、自らその経験を表現することはできません。そのためこれだけ長い人類の歴史があっても、死ということには具体的な形が与えられずにいるのです。それから同じように「命」を具体的な形で明確に表現することもとても難しいことです。また「時間」を形で表すことも同じように困難です。 実は私たちの人生には形の無い、しかし生きてゆく上で避けることのできない様々な出来事がたくさんあるものです。美術家はそのような目に見えない重要な問題を、作品を通して「抽象表現」しています。 |
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具象表現は具体的なものを表現していますが、それが何であるかを説明するために形をそのまま表現しているわけではありません。例えば戦場で泣き叫ぶ子供の姿を写した写真があるとします。その写真がうったえようとしていることはなんでしょう?「子供が泣いている」という目に見えることだけでしょうか? 具体的なものが描かれていたりしても、そこで語ろうとしていることは形のない思想や概念であるということは、実は普通のことです。私たちが感じることや考えることには形が無い、形では表されていないこと、つまり形而上的なことのほうが多いのです。ですから抽象表現も具象表現も実は表現しようとする内容の上で大きな違いは無いのです。 見た瞬間になんだか分からないということは普通のことなのです。相手を深く知ろうとすることで、だんだんに理解してゆくものです。 |